Raider Island

ラスベガス・レイダーズのファンブログです。

マーケット・キング:NFL唯一の黒人パンターへの道

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(The Official Site of the Oakland Raiders)

 

  この記事は NFLアドベントカレンダー2016 14日目の投稿です。

www.adventar.org

 

はじめに

 はじめましての方へ。レイダー島と申します。この度、s@oさんが企画された「NFLアドベントカレンダー2016」に参加させていただくことになりました。これまでの投稿はあまりにもクオリティが高く、この素晴らしい取り組みの価値を私が貶めてしまわないか心配ではありますが、できる限りのことは尽くしたつもりですので、何卒よろしくお願いいたします。

 

今回のテーマ

 さて、今回はレイダーズファンの一人として、あるレイダーズの選手を取り上げたいと思います。その選手とはPマーケット・キングです。

 実は、彼のことを書こうと決めたのは8日の夜なんですが、翌9日の朝、生沢浩さんが彼を取り上げたコラムを掲載されたんですよね(下記リンク参照)。ちょうど現地でも彼を紹介する記事が増えていて、テーマを変えるべきかとも考えましたが、初志貫徹ということで、このまま行こうと思います。

www.47news.jp

 

キングを紹介する理由

 まず、何故キングのことを取り上げようと思ったのか、簡単に説明しておきましょう。まず第一に、彼がPとして高い能力を持っているから。今年のレイダーズの躍進を少なからず支えていて、プロボウルに選出されるべき選手ですから、ぜひ彼のことを知ってもらいたいんです。第二に、彼は愉快で、ユーモア溢れるエンターテイナーだからです。これは生沢さんが特集されていますね。

 そして、もうひとつの理由は、彼が現役選手では唯一の黒人Pだからです。アメリカ国内には、白人と黒人の間で大きな差別がまだまだ残されています。それはスポーツ界でも同じこと。例えばNFLでは、QBに白人が多く、RBやWRに黒人が多い、という傾向があります。そして、白人が大半を占めるポジションの代表がPなのです。現在のNFLのPは、キングを除く31人全員が白人選手です。

 今回は、キング自身が明かしてきた彼の過去を踏まえて、マーケット・キングというPを紹介しつつ、彼が黒人ながらNFLのPになった経緯を書いていこうと思います。

 

キングのプロフィール

  • 生年月日:1988年10月26日(28歳)
  • 出身地:アメリカ合衆国ジョージア州メイコン
  • 身長:6' 0" = 約182.9 cm
  • 体重:192 lb = 87.1 kg
  • 大学:フォートバレー州立大学
  • ドラフト外:2012年
  • 通算成績:341回15,831ヤード(平均46.1)インサイド20 121回(2016 Week 14)

 

自慢の脚力

 本題に入る前に、彼の脚力の強さを示す動画をご覧いただきたいと思います。

 まずは、こちらの動画の25秒付近から。ハングタイム5.85秒のパントです。


Biggest Punts Ever Captured | NFL Punters

 もうひとつ。こちらは87ヤードのパントです。


87-yard Punt by Raiders Marquette King with the Wind (73 from LOS)

 

忘れられないデビュー戦

 ここから、本題に入ります。

 キングが初めてプロの舞台に立ったのは、2012年のプレシーズン。対戦相手はカウボーイズでした。このとき、キングはドラフト外で入団したルーキー。当時のレイダーズには、現在テキサンズで活躍する、シェーン・レクラーが在籍していて、彼にはほとんど出番が与えられないはずでした。

 しかし、この試合前のウォームアップ中にレクラーが怪我をして、突然キングがプレーすることになったのです。それはなんと、キックオフの数分前。キングにとっては、とても現実とは思えない出来事でした。

 初めてのパントシチュエーションがやってきて、フィールドに足を踏み入れたキングは、プレシーズンながら数万人の観客が押し寄せたスタンドを見て、極度の緊張に襲われます。そして、地上に目を移せば、自分にラッシュをかけようとする、カウボーイズの選手たち。今からの数秒間で、自分のフットボール人生が決まる。彼はそう思ったそうです。

 そんな中、カウボーイズのある選手が、キングを見てこう叫びました。

 「黒人のパンター?フェイクだ!フェイクだぞ!」

 これを聞いて、キングの緊張はすっかり消え去りました。リラックスできた彼は、NFLで初めてのパントながら、いきなり57ヤードの大パントを蹴ってみせたのです。

 

黒人のパンターは何故少ないのか?

 黒人というだけで、パントフェイクのトリックプレーを警戒される。それほどまでに、パンター=白人というイメージが根付いているのが、アメリカンフットボールの世界です。キング自身、Pは白人のポジションだ、と言われ続けてきたそうです。

 何故こんなにも、黒人のPが珍しいのか?1977年にNFL史上初めての黒人パンターになったグレッグ・コールマン氏が、USA TODAYに彼の見解を語ったことがあります。彼は大きく2つの理由を挙げました。

 1つ目は、経済的な理由。そもそも、Pというポジションは1チームに1人しかいませんから、毎年のようにドラフトで指名することはありません。ですから、大学を出たPは、よほど優秀でない限り、すぐにプロ入りすることは難しいのです。

 すると、どうなるか?家庭が裕福であれば、大学を出たあと、1~2年かけて職を探す余裕があります。ですが、黒人の家庭は一般的に裕福ではなく、生活費を稼ぐために、何らかの定職に就く必要が出てきます。そうなれば、フットボールをプレーすることを諦めざるをえません。

 2つ目の理由は、Pになりたがる子どもは多くない、ということ。フットボールの花形といえば、何と言ってもQBですよね。黒人選手が活躍する場であれば、RBやWRもそうでしょう。となれば、子どもたちは当然、RBやWRになりたがって、Pになろうという気はしないでしょう。Pは目立たない、地味なポジションですしね。

 

いかにしてNFL入りを果たしたのか?

 では、キングは何故Pというポジションを選び、NFL入りすることができたのでしょうか?

 まず、コールマン氏の挙げた1つ目の理由は、彼には障害になりませんでした。それは、彼の家庭が特別裕福だったという意味ではありません。彼にとって幸運だったのは、大学を出たあと、すぐにレイダーズへの入団が決まったことです。

 キングの出身校は、フォートバレー州立大学。強豪校ではないどころか、ディビジョン2に所属する大学です。そんな弱小校の選手で、しかもPというポジション。彼に接触してくるスカウトもいたようですが、彼自身はドラフト指名されることを期待していませんでした。

 そして、2012年のドラフトがやってきます。3日間で253人の選手が指名されましたが、結局キングが指名されることはありませんでした。しかし、ドラフト終了直後、彼のもとに一通の電話がかかってきます。言うまでもなく、それはレイダーズからの電話だったのです。

 こうして無事にNFL入りを果たしたキングですが、キャリアのスタートは決して順風満帆とは行きませんでした。プレシーズンの真っ最中、シーズンを棒に振るほどの怪我をしてしまったのです。レイダーズにはレクラーという絶対的なPがいるわけですから、キングは解雇されることも覚悟したようです。

 しかし、レイダーズは彼をIRに入れるという決断を下します。こうして、1年目はレクラーを見て勉強するシーズンになりました。翌2013年には、レクラーがテキサンズに移籍し、キングはレイダーズのPとして本格的にキャリアをスタートさせていくことになりました。

 

奨学生であり続けるために

 何故彼はPという道を選んだのでしょうか?まずは、下記リンク先の動画を見てください(YouTube以外での視聴はできないようです)。これは今シーズンのWeek 7、JAX戦で見せたプレーです。フェイクではなく、単にスナップが乱れただけなのですが、Pとは思えない足の速さを持っています。

www.youtube.com

 これだけの身体能力があれば、わざわざPという目立たないポジションを選ばなくても、RBやWRといった華のあるポジションでプレーすることも可能だった、と思えますよね。その通り、彼は元々WRとして大学に入学しているんです。

 ただ、大学では思うように結果が残せませんでした。具体的にどこが悪かったのかは定かではありませんが、他のレシーバーに比べれば技術面で劣っていたとされています。このままではフットボールを続けられない。彼は焦りました。彼はフットボールの奨学生として大学に入学していましたから、フットボールをやめてしまえば、大学から去らなければならなくなります。

 大学にいるために。フットボールを続けるために。彼が選んだのは、レシーバーという役割を捨てて、Pとして生きていくという道でした。当時は苦渋の決断だったかもしれません。何と言っても、Pは最も目立たないポジションのひとつですから。

 

何故パンターを選んだのか?

 しかし、WRを諦めるからといって、Pになろうと思う選手はそう多くはないと思います。仮にキャッチ力が足りないのであれば、RBやDBに転向するという選択肢だってあるはずです。でも、彼はPを選んだのです。そして、それは消去法ではなく、彼がそのポジションに魅力を感じていたからなんです。

 小学生の頃、キングにとっての最大の楽しみは、休み時間のボール蹴りでした。フットボールを使って、とにかくボールを蹴り続けるだけ。誰が一番高く、遠くまで飛ばせるのかを競う毎日だったそうです。

 家に帰っても、キング少年はボール蹴りに明け暮れる毎日を送りました。地元ファルコンズの試合を見るよりも、外に出てボールを蹴ることが楽しいという、超アウトドア派だったとか。こういった日々が、彼のPとしての原点になっています。

 本格的にフットボールを始めて、他の多くの子どもたちと同様、彼はWRとしてプレーします。でも、心の底にはボールを蹴る楽しみが残っていました。練習の息抜きとしてボールを蹴って遊んでいたそうですし、高校時代にはPとしての役割を与えられてもいたそうです。だからこそ、大学時代にはPへの転向という道を選べたわけです。

 

プロのパンターとして

 ボールを遠くへ蹴ることが楽しい。それは今でも変わらない気持ちでしょう。ですが、プロになってからはその気持ちが空回りしてしまいます。

 デビューイヤーの2013年、彼は平均飛距離48.9ヤードの成績を残して、キックの力強さを存分にアピールしました。しかし、パントを83回も蹴りながら、インサイド20はたった23回、しかも11回がタッチバック。つまり、ただ遠くへ蹴り込むだけのPに過ぎなかったんです。

 それから3年の月日が流れました。今年は平均飛距離を47.6ヤードまで維持しながら、65回のパントのうち、インサイド20が27回、タッチバックはたった4回と、極めて高いコントロール能力を示しています。昨年のインサイド20 40回という記録は、フランチャイズレコードにもなっています。

 こうした技術を身に付けたのは、彼がプロ意識を持ち始めたからではないか。私はそう思っています。今でもパントを蹴ることを楽しんではいるでしょうが、チーム唯一のPとして、数少ない出番で少しでもチームに貢献する、という思いも合わせ持っているはずです。

 

子どもたちへの思いとパンターとしての誇り

 NFLのPとして、キングにはある思いがあります。それは、Pが「カッコイイ」ポジションだと知ってほしい、ということです。The Players' Tribuneに寄稿した記事の中で、彼はこう語っています。

 「日曜日に試合を見てる子どもたちに俺のことを見てほしい。そして、こう言ってほしいんだ。『ねえ、あのパンターめちゃくちゃクールだよ。カッコイイなあ。僕もあんなパンターになりたいよ』ってね」

 試合を見ているファンからすれば、Pの登場は攻撃の終了を意味していて、ある意味では息抜きの時間です。現地では、パント中にファンタジーフットボールのスコアをチェックする人も少なくないといいます。でも、彼らだって攻守の選手と同様、勝利を目指して戦っていることに変わりはありません。

 「負けるのはツライことさ。試合中は何とも思わない。でも、ロッカールームに戻って、ボロボロになって、泥や汗や時には血にまみれた奴らの傍に座ると、試合のことを思い返してしまうんだ。『あの第3Qのパント、あと1ミリでも左側を蹴っていたら、この試合を何か変えられたんじゃないか?』って感じでね」

 「俺にとって、4thダウンはスターになるチャンスなんだ。逆転のドライブを率いることはできないし、試合を変えるターンオーバーを奪うこともできない。それは分かってるさ。でも、俺は自分の仕事に誇りを持ってるんだ。チームメイトには、俺があいつらと同じくらい勝ちたいと思ってることを知ってほしい。ポジションプレーヤーに比べれば、パンターの受ける体の痛みなんて大したことはない。でも、あいつらと同じくらい、勝利へのプレッシャーを感じてるんだ。正直に言うぜ。負けた日は、家に帰る道すがら、母さんに電話するんだ。そうしなきゃ、落ち着くことができないし、『こうしていたら?ああしていたら?』って後悔が頭から離れないしね」

 「テレビで試合を見てる人にとっては、多分たかがパントなんだろうな。でも、パントこそが俺の人生のすべてなんだ。自分がNFLで最高のパンターだって証明したい。それは今でも思い続けてるよ」

 

時には過ちを犯すことも

 こうしたプロ意識を持つキングも、時には過ちを犯すことがあります。というのも、ここ2試合、連続してアンスポーツマンライクコンダクトの反則をとられています。Week 2にもホースカラーの反則を犯していて、今シーズンのパーソナルファウルは3回目。回数も罰退ヤード(39)も、NFLのKとPの中ではトップとなっています。

 ホースカラーに関しては、パントリターンTDを防ぐための仕方ない反則だったため、コーチ陣の怒りは買いませんでしたが、今回は違います。まず、BUF戦では、審判が投げたイエローフラッグを拾ってダンスを踊って、反則をとられました。これは生沢さんのコラムでも紹介されています。そして、KC戦ではパントリターンTDを決めたWRヒルに対して暴言を吐いて、再びフラッグを投げられています。まあ、これに関してはTEケルシーとのゴタゴタもあるのですが、そちらについては割愛します。

 いずれの反則も、それ自体が試合の勝敗を決めたわけではありません。しかし、今後はプレーオフ進出に向けて厳しい戦いが続きますし、プレーオフに出られたとしても、その先のステージへと進むためには、こんな反則を犯している場合ではありません。勿論、これにはデルリオHCもご立腹です。

 「もう反則を犯してはいけない。彼には自由を与えてきた。ベストなプレーをしたときには、自分を表現してほしいと思っている。だが、15ヤードのペナルティがルーティンになってはいけない。彼との話は済ませた。受け入れがたいよ」

 つまらない行動をしない。そんな当たり前のことを学んでくれれば。切にそう願います。まずは、今回の事態を反省して、再発防止に努めてほしいですね。

 

選手の価値とは

 ところで、キング自身はPであることの誇りを強調していますが、皮肉にも、それこそがPの地位の低さの何よりの証拠なんですよね。言うまでもありませんが、彼がQBだったら、こんな発言はしていないはずです。自身の価値をアピールしなければならないというのは、結構虚しいことですよね。

 それから、多くのファンにとってパントが「たかがパント」だというのも、残念ながら事実なのでしょう。実際、どんなに良いパントを蹴ろうと、試合の流れを劇的に変えることはありませんし、Pが年平均$20Mの契約を得ることもできません。そんなことはサラリーキャップの都合上、絶対に不可能です。

 でも、そんな地位の低さは全く気にする必要がない。私はそう思います。彼らの価値は、試合に及ぼす影響度や平均サラリーで決まるわけではありません。そんなものは所詮「需要」の問題に過ぎず、意に介するべきものではないのです。

 選手の価値とは一体何なのでしょうか?残した個人記録、獲得したチャンピオンリングの数、社会的地位や年俸など、様々な要素があるでしょう。現在のキングには、まだこれらを誇るほどの実績はありません。

 ただ、多くのレイダーズファンは、彼のパントを楽しみにしているはずです。彼の登場は休み時間の始まりなどではありません。「今回は何ヤードのパントを蹴ってくれるんだろう?」「どんな神がかったパントで陣地を回復してくれるんだろう?」「今日はどんなセレブレーションをするんだろう?」そういった楽しみは尽きません。

 このような、選手のプレーを楽しみに待つファンが存在するという、実にシンプルな事実こそが、その選手の価値になりうるのではないでしょうか?少なくとも、フットボール経験のない私のような人間には、「見ていて楽しい選手」こそが価値のある選手です。そして、キングは紛れもなくそのひとりなんです。

 

おわりに

 グダグダと書いてきましたが、今後のNFLをかき回す(予定の)レイダーズには、マーケット・キングというパンターがいるということを知って、少しでも彼のことを注目していただければ幸いです。こういうことを書くと良くないことが起こるのが世の常で、実際に生沢さんがコラムを掲載したその日に、彼はKC戦の戦犯になりました。でも、来週はそうはいきませんよ、きっと。

 最初にも書きましたが、彼が注目される理由のひとつは、現役唯一の黒人Pだということです。今シーズンはキャパニックの国家斉唱時起立問題から始まりましたが、今後はこういう事情で取り上げられる選手がいなくなるようなリーグになってもらいたい。この記事を書く中でそう感じました。

 そしてキング自身にも、エンターテインメント性で関心を寄せられる選手から、純粋に実力だけで周囲を魅了する選手にまで成長してほしいと思います。既に能力も申し分ないんですけどね。まだまだ上に行けます。彼もその気ですし。

 最後になりますが、もっと彼のことを知りたいと思われた方は、一部引用いたしました、The Players' Tribuneの記事をぜひご覧ください。リンクを貼っておきます。

   Can I Kick It? (洒落たタイトルですよね?意外とセンスがあるなあ)

 それでは、駄文ではありましたが、最後まで読んでいただき、ありがとうございました。